Nikov’s blog

思考の整理 @NyoVh7fiap

鬱病になった僕が精神的に母親を殺した話

僕は仕事と育児の両立で自律神経失調症と軽度の鬱病を患った。

http://nikov.hatenablog.com/entry/2016/02/24/181319

 

今も抗鬱剤抗不安薬は手放せないし、服薬していても、ときどき抑鬱状態に陥る。

なんとかかんとかバランスを保っている。

 

ただ、仕事と育児はただの引き金でしかない。

遡れば、自分の両親との関係が根深いと思う。

 

父は真面目な会社員。

40年勤め上げ、家族を養ってくれた。

母は専業主婦。

いわゆる典型的な核家族世帯だった。

 

父は、ギャンブルや酒や浮気に走るようなタイプでもなく、まして母や子に手をあげるような人でもなかった。

家庭環境としては恵まれていたほうだと思う。

 

ただ、うちの家は父の機嫌が最優先だった。

母はいつも、父が機嫌を損ねないように接し、それを見て育った僕と兄は、当然同じようにした。

 

母も真面目な人だった。

日本的価値観が強いのか、「しんどい姿は見せない」「努力は陰でする」「努力したことはアピールしない」というような価値観の持ち主だった。

 

もちろん僕と兄もそのように育てられた。

「良い子」でいることが「良いこと」なのだと子ども心に思い続けてきた。

 

思春期には、それなりの反抗もした。

それなりに外で悪いこともしたし、それなりの思春期反抗期を過ごした。

ただ、「良い子」の呪縛からは逃れられなかった。

 

社会に出た僕は、「真面目で良い子」であることを美徳として、真面目に働いた。

ただ、社会は「真面目」なだけでは生きていけない。

時には手を抜くことも必要だということを、僕は知らなかった。

 

今思えば、その頃から心は疲弊していたのだと思う。

一度、仕事で大きな失敗をして(今思えば大したことはないが)死のうと思った。

 

時々、自殺の仕方はネットで調べていた。

1番楽な死に方は、首吊り。

ドアノブでも死ねる。

そう思ってドアノブにコードを巻きつけ、たった一度だけ、首を吊ろうとした。

首にコードを巻きつけ、体重をかけたとき、大切な人の顔が思い浮かび(今の妻)、思いとどまった。

あのとき死ななくてよかったと今では思う。

 

おそらく既に鬱状態は進行していたのだと思う。

 

娘が生まれて、仕事と育児、全部一生懸命しようとした。

当然、体がついてくるはずもなく、心はさらに蝕まれていった。

 

このとき心療内科にいっていなければ、事態はもっと深刻になっていたと思う。

救ってくれたのは娘だ。

 

なぜ僕はうまく手を抜くことができなかったのか。

それはやはり、父と母の関係、母から与えられた価値観が影響していると思う。

 

家では、父の機嫌を常にうかがい、末っ子らしく、その場を和ます役として、ふるまった。

外では、真面目にまっすぐに努力することが美徳と思って、何事にも手を抜かずに頑張った。

 

母も父も愛情を持って育ててくれたのは間違いないと思う。

けしてそこに憎しみはなかった。

憎しみがなかったからこそ、僕はそれに応えようと必死だった。

 

 

妻と結婚し、娘が生まれ、大きくなるに連れて、僕も色々と感じるようになった。

 

娘には僕が感じた重荷を背負わせたくない。

娘には、しんどいときはしんどい、褒めて欲しいときは褒めて欲しいと言える子に育って欲しい。

 

あるとき、転機が訪れた。

娘の育て方について、何気なく母と話していたときだった。

なんと言われたかさえ覚えてもないが、母の何気ない一言が、僕の何かを崩壊させた。

 

そのとき、もう30歳も過ぎた僕が、涙を流しながら母に訴えた。

僕が、父の機嫌を損ねないようにいつも気を使ってきたこと、真面目に生きることを美徳として育てられたことが辛かったこと、そして、いまもなお、その痛みは引きずっていること。

すべてを感情の赴くままにぶつけた。

 

母にとっては辛かったと思う。

母は自分の育て方が悪かったのかと嘆いた。

 

でも僕はそんなふうには思っていない。

母は母で、愛情をもって僕を育ててくれたことに嘘はないと思っているから。

そのことに感謝もしているし、感謝の気持ちも伝えているつもりだ。

 

そのとき以来、憑き物が落ちたように、自分の生き方を改めて考えるようになった。

 

たぶん僕は精神的に親を一度殺したのだと思う。

 

母には申し訳ないが、すべてをぶつけたことを後悔はしていない。

 

親から与えられた価値観を壊して生き直すことに、罪悪感を覚える必要はない。

 

もしかしたら、巡り巡って、いつか娘が僕に同じように全てをぶつけてくる日が来るかもしれない。

そのときは覚悟しておこうと思う。