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Nikov’s blog

思考の整理 @NyoVh7fiap

共働き子育て「フルタイム定時退社+フルタイム時短」と「フルタイム激務+パート勤務」どちらも経験した結果

妻と2人で、もうすぐ4歳になる長女を、共働きで子育てをしています。

 

以前の職場は、自分がフルタイム定時退社、妻がフルタイム時短で、2年間。

 

現在は、自分がフルタイム激務、妻がパート勤務で、1年間。

 

この2つのパターンで、共働き子育てを経験してきて感じたことを、まとめたいと思います。

 

まず、どっちもフルタイムパターン。

 

妻は時短勤務でしたが、育休復帰前と業務量は変わらなかったので、なにせ時間が足りない。

土曜は毎週サービス残業、平日も何日かは残業日を作って、その間、自分が家事育児担当。

 

妻の実家は遠方、自分の実家は近いが実父は仕事、実母が持病持ちなので、祖父母というリソースは使えない。

家事育児はほぼ半分ずつ分担していました。

 

この頃、娘は超絶イヤイヤ期ど真ん中だったので、本当に余裕のない毎日でした。

1番大変だったのが、やはり娘の発熱などイレギュラー対応。

保育園迎えの調整から通院、看病まで、ワンオペ対応。

抱っこ紐の中で娘のう◯こやゲ◻︎に一緒にまみれたのは、今ではいい思い出(遠い目)

 

そして、娘が元気になってきたころには、妻か自分が順番に倒れていくというおまけつき。

子どもからもらった病気はとにかくツライ。 

 

幸い、お互いの職場には、子育てに理解のある方達がいたおかげで、なんとか仕事の調整ができ、切り抜けた感じです。

 

いや、正しくは、自分は育児うつになりかけたので、切り抜けたとも言い難いかも↓

 

 http://nikov.hatenablog.com/entry/2016/02/24/181319

 

まぁそれはともかく、この2年間で感じたのは、

 

「共働き子育て世帯に対する社会資源が少なすぎる問題」

 

日々の仕事と子育てはともかく、発熱などイレギュラーなときに使える社会資源がない。

当然、自分たちでなんとかするしかない。

娘はイヤイヤ期で、ほとんどのことが予定通りにいかない。

なかなか大変な日々でした。

 

ただ言えるのは、この大変な時期を通じて、夫婦間の子育てに対する「共有」は自然とできていたのではないかということ。

(もちろん衝突もたくさんありましたが)

この「共有」が今後もキーワードとなります。

 

 

続いて、自分がフルタイム激務、妻がパート勤務のパターン。

 

自分が激務の職場に異動することがほぼ確実だったので、散々悩んで話し合った結果、妻がパート勤務になるという結論に至りました。

(その理由は様々な要因が絡み合っていますが、ここでは割愛)

 

幸い、妻のキャリアが活かせる分野の仕事がパートで見つかったので、幸運でしたが、ここで感じたのは、

 

「女性が子育てをしながら、キャリアを諦めずに、働き続けられない問題」

 

なにせ、妻が仕事自体辞めてしまったら、娘が保育園に行けなくなる。

娘は0歳児クラスから、とても楽しんで保育園に通ってくれていたので、急にその居場所を奪ってしまいたくはない。

 

しかし、一度退園してしまうと、保育園に入り直すにはパートでは厳しい。

というか、子連れで保育園が決まってなかったら、再就職すら無理。

女性の就労と子育ての両立の難しさを痛感。

 

そして去年の4月、自分が激務の職場に異動。

勤務内容も大きく変わったので慣れないこともあり、ほぼ毎日帰宅は娘が寝てから。

 

つい3月までは、寝かしつけは自分がしていたので、4月から急に帰ってこなくなったため、「パパがいない〜‼︎(号泣)」の日々。(妻いわく)

 

娘が情緒不安定な中、自分が担っていた家事育児はほぼ全て妻へ。

妻が働いていた分が、ほぼ全て自分に。

という感じになりました。

 

妻が家事育児をほぼ全て負担してくれていることに申し訳なさを感じつつ、自分もいっぱいいっぱいだったので、夫婦間の「共有」ができない日々が続きました。

 

そして、ついに妻がキレたのです(語弊あり)

 

 

 

 そうです、家事育児をほぼ分担していたころは、自然にできていた「共有」が全くおろそかになっていたのです。

 

自分としては、今は精一杯仕事をするのが自分の役割(もちろん可能な範囲で家事育児はしていましたが)と思っていた節があり、子育てや家庭のことを「共有」するという視点が抜け落ちていたのです。

 

自分は精一杯やっているのに、なぜかしっくりこない、うまくいかないという感じはありました。

むしろ、「こんなに頑張っているのに、認めてもらえていない」という憤りすら感じたこともありました。

 

ただ、妻が求めていたことと、自分が頑張っていたことには、大きなズレがあったのです。

 

妻が求めていたことは、仕事や家事育児を夫が頑張るという物理的な問題だけではなく、「共有できている感覚」だったのです。

 

共働き子育てをしていると、お互いに余裕がないので、つい「自分だってこれだけ頑張っているのに」という気持ちになってしまいます。

 

けど、大事なことは、 「共有」できているかという大前提なのではないかと感じました。

 

「夫婦間で、子育てのことを「共有」できているか問題」

 

ここに夫婦間のズレがあると、お互いどれだけ頑張っていても、うまくいっていない感覚だけが募っていくように思います。

 

(最後に余談ですが、今はどうしているかというと、朝早く出勤して朝型残業に切り替え。

夜、娘が起きている間に帰宅するようにしてからは娘も安定、夫婦間のズレも徐々に修正中です)f:id:Nikov:20170313204001j:image