Nikov’s blog

思考の整理 @NyoVh7fiap

三歳児神話は、あくまで神話でしかない

 

保育園に子どもを預けて、子育てをしていると、しばしばこのようなことを言われる。

 

「0歳から保育園なんて子どもがかわいそう」

 

「3歳まではお母さんと一緒のほうがいい」

 

「そこまでして働く必要あるの?」

 

あげくのはてには

 

「保育園育ちの子は、問題行動を起こす子になる。」

 

とまで。

 

実母にも「保育園で育った子は云々かんぬん」と言われて、辟易した覚えがある。

 

いわゆる「三歳児神話」由来の発言。

 

確かに、 3歳までの養育者や周りの大人との、愛着(アタッチメント)形成は非常に重要である。

 

これは1952年、ボウルビィが提唱した「アタッチメント理論」 に端を発している。

 

ボウルビィは、乳幼児期の、特定の養育者と愛着(アタッチメント)を形成することが、その後の育ちに大きな影響を与えると述べた。

 

 

しかし、ボウルビィは、特定の養育者を「母親のみ」に限定してはいない。

 

 「アタッチメントとは本来、特にネガティヴな情動状態を、他の個体とくっつく、あるいは絶えずくっついていることによって、低減、調節しようとする行動制御システムのことだったのである。」

 

「恐れの情動が強く喚起されるような危機的状況や、病気や疲労の状態にあるときなどに、その場に適切なアタッチメント行動を発動させ、他個体から慰撫や保護が得られると、今度はそれを静穏化させるといった一連の行動連鎖を司る。」

 

 「恐れや不安が発動されている状態において、自分が誰かから一貫して "保護してもらえるということに対する信頼感" こそがアタッチメントの本質的要件であり、それが人間の健常な心身発達を支える核になる。」

 

「ボウルビィによれば、他個体との近接を維持するということは、文字通り距離的に近い距離にい続けるということのみを意味するわけではない。

 それはたとえ物理的に離れていても、特定対象との間に相互信頼に満ちた関係を築き、危急の際には、その対象から助力、保護してもらえるという、主観的確信や安心感を絶えず抱いていられるということをも意味する。

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出典:『アタッチメント-生涯にわたる絆-』

          数井みゆき 遠藤利彦 編著

 

 つまり、乳幼児期に、特定の養育者によって、保護や慰撫が得られることで、養育者と離れていても、「自分は守られる存在だ」と、主観的確信や安心感を抱いていられる状態を、獲得していくということである。

 

そして、アタッチメント形成に重要なのは、「対象が誰か」よりも、「養育者の敏感性と応答性の質」である。

 

つまり、アタッチメント形成の対象者は、「母親」には限定されておらず、アタッチメント理論の観点からみても、三歳児神話は、あくまで神話でしかないと言える。

 

また、NHKすくすく子育てでも有名な、恵泉女学園大学教授 大日向 雅美先生は、「日本赤ちゃん学会」のシンポジウムで、以下のように述べている。

 

「育児の適性は女性が生来的に持っているのだから、母親が育児に専念しなければならない」という考え方には、必ずしも絶対的な根拠はないといえます。

 

なぜなら、幼少期に注がれるべき愛情は、適切かつ応答的な情報であり、それは母親だけが担えるものとは限らないからです。

養育行動を想像していただければおわかりのように、子どもを抱き、笑顔であやし、食事を与えるという養育者の行動は、いずれも触覚、視覚、聴覚、味覚等の情報として子どもにキャッチされています。

もっとも、いくら情報といっても一方的に与えればいいのではなく、子どもの状態に併せて応答的に与えられることが大切ですし、しかも、そこには子どもを愛おしく思い、子どもが育つ力を精一杯支援しようという責任感に裏付けられた温かな思いやりが込められている必要があることは言うまでもありません。

 

こうした愛情を注げるように母親も努力することは無論、必要です。

しかし、母親以外の人、父親や祖父母、保育者や地域の人々もこうした愛を子どもに注ぐことは可能ですし、現に多くの人々がそうした養育行動を発揮しています。

逆に母親であっても、置かれている生活環境が厳しい等の原因があって、苛立ちやストレスを強めてしまう結果、子どもに適切な愛情を注げない事例は少なくありません。

出典:日本赤ちゃん学会 シンポジウム2
        3歳児神話を検証する2~育児の現場から~

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http://www.crn.or.jp/LABO/BABY/SCIENCE/OHINATA/

 

 以上のように、科学的、論理的に三歳児神話は否定されていると言える。

 

しかし、ネット上での子育てに関する論争は絶えない。

 

その裏には、それぞれが子育てに苦労し、「自分の子育てを正しいと思いたい。肯定されたい」という心理が働いているのではないかと思う。

 

ただひとつ、自分が子育てしていく中で感じることは、状況に応じて「子どもにとって」よりベターな選択肢をとっていくしかない、それが、子どもに伝わっていると信じるしかない、ということ。

 

そして、一見、相反するようなそれぞれの感情を、共存させながら、子育てしていくことが大切なのではないかと思う。